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2012年2月の4件の記事

2012年2月24日 (金)

50代後半の好きな曲は

今日の一曲、こういう曲もけっこう好き
SPEEDの「white love」
http://www.youtube.com/watch?v=MIi5RgBPDXk
最後の念押しとも言える繰り返しがいい。

今日の一曲というタイトルでアップしてみました
3/9中西保志 「最後の雨」
http://www.youtube.com/watch?v=NDTOyNUYg04&feature=related

○3/7ヴィレッジシンガーズなんか記憶にない。もっと上の世代が年齢詐称してカキコしているに違いない!
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/cafe50/1287936009/l50

◇難しい話がつづいたので、ここでちょっと息抜きです

某大手掲示板で50代の好きな歌手や曲のスレを見ているが

50代の好きな歌手
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/cafe50/1150552085/l50

今日の一曲
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/cafe50/1225033252/l50

同年代とは信じられないくらい古い曲や歌手が登場する。いくらなんでも園まりとか舟木一夫なんか古杉だろう。

○自分が気に入ったのは邦楽では、globeの「Cyber Trance original」
http://www.youtube.com/watch?v=o1r4SVzPFG4
 50になったころ、よく聴いた曲です。globeは商業的に毒されていると言われたけど、花鳥風月的な曲よりデジタル的で無機質に近い音の方が新鮮でした。

○JUJUの「Hello, Again ~昔からある場所~」
http://www.youtube.com/watch?v=oJy8e-Tl-0Y
マイリトルラバーのカバーです。

○洋楽ではサラブライトマンの「Join me 」
http://www.youtube.com/watch?v=myivEq7li0s

○若いころはクラッシックをよく聴いたけど歳を重ねるにつれ、その趣向が変化してきました。今はPOPが多くなった。一番聴いているのはJaytechあたりのハウスモノです。

http://www.youtube.com/watch?v=LiBNDZp2u4Y&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=vqVF0QSsFQE&feature=related

情緒を感じさせる曲よりこういう方が最近は気に入っている。

○上は個人ではの曲です。複数で聴くときは古い曲や歌も聴きます
秋桜は複数では大変喜ばれますが一人では聴かない。なお徳永英明のカバーでは雪の華未来予想図2が一番いい。

(これからもリストアップします)

2012年2月20日 (月)

理解する上で乗り越えるべき壁は?

実在」と「現実に存在する」は違うのか?

物理ではどうやら違うらしい。この実在という用語は量子力学で特殊な使い方されていることを最近知った。物理上では測定する前から確定した値があり、その後何度も測定しても同じ値が得られること。逆に測定ごとにバラツキがあって確定してない時は「ゆらぎ」があると称される。このことから「実在」は物理の用語と見るべきだろうが、やはり勘違いされやすい。

理解をさまたげる阻害要因とは

 力学や物理を理解するには、経験から来る日常感覚がさまたげる場合がある。例えば日常生活において、エネルギーは拡散していくので、その運動を維持していくには外から常にエネルギーを与えつづけなければなりません。それをエネルギーは次第に消滅していくように思われている。

 光速度は車のスピードに比べて無限大といっていいくらい問題になることはありませんし、プランク定数も非常に小さくて意識することはありません。そのような光速に近い速度なんて日常では想像しにくい。

日常感覚はどのようにして作られるかはその時代の環境に依存するようである。例えば

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1110/17/news114.html

に見られるように絵を指で触れば動くのが当たり前のように育ってしまうように日常感覚で得られたモノは決して根拠が薄く頼りがいのないかもしれないのです。局所実在性なんて言うのも別の視点からすると不思議なのかもしれない。自然現象は様々な要因が複雑に絡まり合ってどれが本質なのか見極めにくい。それなのでなにか単純化してみるのもアリかもしれません。

 最近問題になっているのはネットの普及で疑似科学の存在でそれらを主張する人達が一定割合でいる。これが容易に目に触れるようになり、それらの主張が"相信"とかまるで宗教あつかいな言われ方されて中立的な立場などありえないが、向こう側に追いやってしまう。物理を理解する上で阻害要因の一つだ。掲示板運営にも頭を痛めるやっかいな問題となっている。

 また、ニューサイエンスと呼ばれる心理系やポストモダン系衒学サイトや哲学、それらの主張にも素人の自分から見ても数式の間違いや見当違いが数多く見受けられる。そういう物理用語や数式使う場合も物理の標準的な教科書をキッチリ勉強すべきだと思います。

①日常用語で物理でもよく使われている用語がある。とくに「仕事」がそう、「エネルギー」も「力」も、それらはかなり異なっている。

②しょっぱなに述べた「実在」の他に化学の「物質量」と「物質の量」でも違う。したがって質量という意味で物質量を使うのは誤解されるので使わないようにしましょう。

理解する上で乗り越えるべき壁とは?

①もっともシンプルな例は列車が駅に停車しているはそれは自明なことです。ところが何もない宇宙空間なようなところで停止しているといっても自明ではありません。なにか基準が必要です。二つのロケットのうち一つを座標の原点に据えれば別のロケットの速度が座標上で速度が指定できます。停止しているとは時間的に動かないとこです。次ぎにロケットのように具体的な物体ではなく、座標で考えることもヒントになります。このようにいろいろな条件排除して単純化してみるのもよいです。

②ベクトルやスカラー、高校ではベクトルは向きと大きさと習ったけど、速度がは、どちらの向き?これでは不十分だとスグに分かる。それで座標で考えると速度は三次元座標では三つの成分に分解できる。ijkをそれぞれX軸、Y軸、Z軸に平行な単位ベクトルとするとV
V = Vxi+Vyj+Vzkで表せる。このように分解できるのはベクトルの線形性に依る。速度とはVx=0,Vy=0,Vz=0のことである。物理量があった場合、それがスカラーなのかベクトルなのか意識するのがいい。

③運動量はmvという形で教えられるけど、別に質量なくても運動量の変化としての力はある。光には押す力があり、宇宙で太陽の光を帆のようにして航行するロケットもある。べつに不思議ではない。

(随時追加予定です)

2012年2月16日 (木)

観測、合成系、純粋状態などちょっとした疑問

<<追加>>この記事はいままで古い知識、つまり測定とは重ね合わせから一つの固有関数を取り出すことと、波束の収束があることは自然のように思っていましたが、最近の知識に触れ、自分自身も混乱があります。その混乱から抜け出そうという途中なので、そのような心持ちで読んでくだされば幸いです。したがってコメントが主体です。

ツイッターで話題になったこと

タイトルも適当かどうかも不明でこのへんは勉強不足です。そのため重いと感じる部分でもあります。

参考になるのは

Masahiro Hottaさん(@QEnergyTeleport)

の記事による所です。この中で

===引用==

十分に外部環境を広げて見ておけば、環境系のどんな初期状態も純粋状態とみなして良い。従って注目系と環境系の初期状態は純粋状態。相互作用が終わってから、注目系部分だけみるとデコヒーレンスが起きて混合状態になるが、全系では純粋状態のまま。量子的コヒーレンスは残っている。

=======

一般に重なり合った状態(純粋状態)から観測を行えば重なりから一つだけ取り出せます。この場合、波束の収束が起こります。そして不可逆です。でも観測(観測装置に訂正)という環境系も考慮した全系が純粋状態とは観測する前と観測後の状態の重ね合わせが可能ということ??このへんは時間的経過で表す?

昔にはなかった話なので混乱が生じています。(ひとまず書きかけ)

2012年2月 1日 (水)

「見かけの力」

「見かけの力」は大域的であることが条件

高校物理では慣性力のことを別名「見かけの力」と言う。

すこし説明すると、加速している座標系に移ると慣性系とは違って時間的に同じ位置でも力を感じる。この力のことを「見かけの力」という。高校物理ではどのように定義しているか、ググると

http://fnorio.com/0060inertial_force1/inertial_force1.htm

つまり円運動なら外向き働く力が慣性力、遠心力すなわち「見かけの力」。それをヒモで同じ大きさで向きが逆なのが向心力、F=maのFのこと。直線運動では加速している力がFなら、その座標系での時間的に同じ位置にある力学系は-Fの力を受ける。これが慣性力すなわち「見かけの力」。ここで加速度系の位置を緑x、外の静止系の座標黒xとすれば

  

のように見える。この式を時間で2回微分し、加速度系にある人の質量をmとすれば

  

左辺は加速度系での人にかかる力、右辺の1項は外からの座標での人にかかる力だから列車の加速度がそのまま反映したかたち。そして-maがすなわち慣性力「見かけの力」。ここで第一項を0、加速度系列車つまりくくりつけられているとするなら、列車の加速度と慣性力「見かけの力」が釣り合っている形となる。これは特殊な例だけど加速度座標系での円運動など加速度運動を取り扱うにはとのような座標変換するか扱うべき事案があり、こうしてみると高校物理はけっこう難しくレベルが高い。それより慣性系同士を扱う方が先だと思う。

 やはり高校では生活に密着した物理だと思う。地上では海の満ち引き、コリオリの力など加速度系に住んでいることはまちがいない。もともと力学は慣性系を出発点にしているので加速度系でも慣性系を作り出すことはできないか考えることは可能だ。例えばブレーキを掛けている車内で床面と摩擦のない自由に動ける台車をおけばそこに乗っていれば擬似的に力のかからない慣性系を作れる。

このことは重力場内においても局所的に力のかからない慣性系を作れる。例えばロープの切れたエレベータ内は擬似的な慣性系だ。そのことから重力も「見かけの力」と言えるのでは。高校物理ではその「見かけの力」の定義があいまいなように感じる。キチンと定義すると重力も見かけの力の一つと教えないといけないと思う。下のコメントにあるように大域的であることが条件で、したがって局所慣性系が作れるからといって重力場は見かけの力とは言えない。

それに見かけの力があるならその反意語の実質的力があるように思えてしまう。ところがその言葉はない。そのことから見かけの力という言葉はあまり使用しない方がいいのでは、慣性力でいいと思う。電磁気力の中でローレンツ力は慣性力になりうるか?

(書きかけです)

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