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2011年11月の4件の記事

2011年11月30日 (水)

量子的実在について

<<注意>>2012/2/1

 この記事は今では過去の話です。筆者があまり知識のない状態で書いています。だからあまり信用しないでください。どこが見当違いなのか注意して読んでください。というのも量子そのものが元からある量子ゆらぎも最近知りました。

だけどこれは計算ノートの記事として残すことにします。もちろん近いウチにチャンと清書したいと思っています。

ついったーで話題になったこと

量子的実在という言葉は聞いたことないのでぐぐってみたら物理方面から出てきた言葉ではないようだ。ここではファインマン物理学Ⅴをベースに記事を書くけど、この記事に書いてあることをすべて信用してはいけません。というのもプロによる犯行ではなく草野球ですから。そのことを念におきながら読んでください。

電子は直接見ることはできないけど存在する

人の知覚の範囲は極めて狭い、視覚も波長3.6×10-5cmから7.3×10-5cmの範囲しか見ることができない。小さなものを見るためには光学顕微鏡を使うが波長の制約があるためせいぜい1000倍が限度。そのためそれより小さなもの見るには電子顕微鏡を使う。それならやっと分子の大きさくらいはわかる。さらに、電子のような非常に小さなもの見るには電子の大きさより短い波長を使わなければならないため、電子顕微鏡で電子を見ることはできない。なぜなら電子を見るため電子を衝突させたらその対象となっている電子がどこかへ飛んでいってしまう。ガンマ線顕微鏡でも同じ事情であろう。このように直接見ることはできないけど電子という概念を導入することで様々な現象を都合よく説明することから誰もが疑いの余地はなく存在していると思っている。

古典的な粒子は位置と運動量が分かれば後は運動方程式によって未来の予測が可能である。つまり位置も運動量も互いに関係なく精度よく点に表すことができる。ところが電子のようなミクロな粒子は位置と運動量を同時に精度よく点で表すことができないとされている。これが不確定性原理と呼ばれる内容で△x△p>hbarのことである。ではどうやって電子の力学的情報えられるかというと波動関数というのを導入し波動関数にその情報を集約させ、それがどのような法則に従っているかで見るわけです。このへんは端折っています。

二重スリットの実験

ファインマン物理学では二重スリットの例をあげて非常に詳しく解説していますのでぜひ読んでみてください。ここで量子的実在を考える上で大きなヒントになります。また端折っていますが

電子がスリット1を通ってスクリーンに着弾した確率をP1=|φ1|2
電子がスリット2を通ってスクリーンに着弾した確率をP2=|φ2|2

とすると二つのスリットをくぐり抜けてスクリーンに着弾する確率は当然P=P1+P2であると予想される、ところが確率は干渉縞となって現れる。この干渉縞の分布を計算すると|φ1+φ2|2と一致することが分る。そこで干渉が起きている時、電子はどのスリットを通ったのか監視する実験を行うと干渉縞がこわれてP1+P2の分布にもどってしまう。ということから、電子がどのスリットを通ったか監視する実験を行わない時、すなわちどのスリットを通ったか分からない時に干渉縞が現れる。このことを電子が二つのスリットを同時に通り自分自身と干渉したと説明されるが、だれも電子が真っ二つに割れたところを目撃したひとはいない。この説明も疑問符がつく。φ1+φ2はなんなのかというと、重ね合わせ( Superposition)の原理と呼ばれ量子力学の重要概念のひとつです。二つの状態があったとき、その線形結合も許される状態とされている。

では重ね合わされた状態は検証不可能なのだけど実際に存在するのかというとなかなか微妙です。上の二重スリットでは観測不可です。でも有用です。実在を観測を持って位置づけるなら存在しないということになります。だから現実には存在しないと見るべきだろう。しかし重ね合わせを導入することによって後で計算でき非常にうまく計算できることから、ここは割り切るべきかもしれません。

観測または測定とは

ある物理量の測定値の数値をa1とし、それに属する波動関数を固有関数と呼びφ1で表すなら測定とは物理量の演算子Aをほどこすことによって数値a1を得ることである。数式ではAφ1=a1φ1と表される。同様にAφ2=a2φ2 …Aφi=aiφi …量子力学ではこれらの固有関数の線形結合も許される状態とされ

ψ=Σciφi で表されφi の重ね合わせSuperpositionとなっている。

この重ね合わされた ψに対して物理量Aの測定を行うと集合φiのうち、ひとつの値のみ得られる。これを波束の収束と呼ばれている。

ここからはトンデモかもです

われわれの住んでいる世界は電子から見るとマクロです。位置も運動量も条件なしに任意に精度よく見ることができます。ミクロの世界を見るためにはマクロ側の測定器を使って見る必要があるわけです。ミクロの世界では当たり前の重ね合わされた状態は決して見ることはできません。見てしまうと波束の収束が起こってしまうのです。では重ね合わされた状態は現実には存在するのかというとマクロ側からだと実在しないと見るべきであろう。上の二重スリットの例にあるように、あからさまに「電子が二つのスリットを同時に通り自分自身と干渉した」といのもどうかなと思う。そういうわけで量子力学において存在というのも微妙ですし慎重に言葉を選ばなければならないと思う。ということでできるだけ使わないようにしようと思う。
<<追加>>
ミクロとマクロを分けたのは理解の途中だと思っていただければです。ではマクロ側では検知不能な「重ね合わせ」とはなんだろうか。ここが量子力学のまか不思議なところです。

基本的に観測抜きにして実在論は語れないだろう。量子力学は道具主義に近いと思う。

<<追加というか訂正>>

3/4正式な実在」の定義…対象に対して誤差がなく、対象に影響を与えない測定を行った時、ある物理量が得られる。その後も同じ測定を何度やっても同じ値が得られたなら、その対象の物理量は測定前から確定した値を持っていると言われ、これを実在すると表現する。

(書きかえもあります)

2011年11月18日 (金)

電磁場は運動量を担えるのか

そうでないと、運動量保存則を満たさないのでは。

http://kyg1754qlr.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-0494.htmlのつづきです。

二つの電荷の散乱のような場合、一方が最初停止しており、もう一方が近づく場合、電磁場の伝わる速度が有限な場合、止まっている電荷が作り出す電場から影響を受けた(運動量をもらった)という情報が止まっている電荷に伝わるのに遅れがあれば、二つの運動量の和が一定にならない。つまりタイムラグが生じる。これも違う慣性系、例えば二つの電荷の速度が逆向きで同じ大きさなら問題ないだろう。

このことから電磁場にも運動量を持たせるメカニズムがないと慣性系によって法則が異なる事態が生じる。近接作用では次のようになる。例えばファラディの法則では、

棒磁石の運動量の変化は磁石によって引き起こされた空間各点の偏りからその点にある電荷はその点における磁束密度の変化から運動量をもらって動かされる。というストーリーになる。表題の電磁場は運動量を担えるのかはそうしないと困る。

こうした場合力学だと遠隔作用なのでもっと条件は厳しいだろう?相互作用に時間がかかってはダメ、一瞬に伝わらないと慣性系ごとに法則が異なる事態が生じる。

<<追記>>

最後の部分はランダウ「力学」の10ページにあります。行間埋めるとはこうなることかな。次は具体的な計算。

どうでしょうか

2011年11月16日 (水)

動機について

11/16日

なぜ物理なのか、

やるなら難しいことにチャレンジしたい。むかしもちろん電気やってたいたから、昔の工業高校はヒドイもんでした。ただ式を暗記して数値を計算尺(知らないでしょう)で合わせるだけ。そういうのは好きではなかったし、社会人なってからも勉強したいという気持はあった。

50になって考えることもあった。

某大手掲示板で50代のスレ見るとやたらと古い話やもう終わりみたいな話題が多く、おなじ同世代としてガッカリの連続。50代の音楽の話題といえば70年代が中心で今流行の曲は出てこない。べつに新しい音楽だけでなくいろいろなジャンルにチャレンジしようとする気構えがないのがはなはな残念でならない。まッひとそれぞれだけど。さらに、この歳になってそんなややこしいことを…と言われると、なおさらやってみようという気が起こってくる。

公開に当たって、ある程度の覚悟がいった。批判もさらされるだろうがすべては覚悟の上でデビューすることにした。

11/22日

昔は技術屋というより技能工に近いくらいでした。仕事に使える知識だけでしたが50になってもうすこし根本を知りたいと思うようになったね。例えば電波はどうして飛ぶのか?

しかし経験の知識だけだと根本無視した独りよがりの理屈になってしまう。あんがい技術屋出身にトンデモが多いのはそのためかも。50という年齢はそろそろ頭が固くなり、柔軟性も失ってくる。その意味で危険な年齢。

<<参考になるリンク>>

ZakZak

(この記事は書きかけです)

2011年11月11日 (金)

運動量保存則が成り立つ座標系とは

運動量についてさらに追求します。
複数の質点が互いに相互作用しても作用反作用の法則から互いにうち消しあって系全体には力はかない。このことから系全体はあたかも一個の粒子として運動しているのと同じことになる。内部の力以外に力がかからなければ当然等速直線運動をする。
ここである考察が生まれる。
 ある地点で運動量の測定を行い、ある時間経ったら当然別の位置に移動している。最初の時刻の位置をAとし、経過後別の時刻でBに居たとするなら、AとBの運動状態が変わらないのであれば、初期状態が不明なら、自分がどの位置にいるか不明であろう。つまりA地点とB地点を区別する手段を持たないことになる。ということは運動量保存則が成り立つ座標系ではどこを取っても平等であろう。それは運動量保存則が成り立つ座標系ではあらゆる点において力学的に一様であり、このことは座標の原点は自由に取れることを意味する。このように運動量保存則が成り立つことは空間の一様性に結びついていると思われる。

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